復刻!恐怖の3日間①

修学旅行の行き先はアメリカのオレゴン・シアトルだった。勉強、勉強の学校だったけど、この修学旅行も例に漏れず目的は勉強だった。具体的には忘れたけど、英会話の上達とか国際交流とかそんな感じの名目だったのかな。だからこの修学旅行には2泊3日のホームステイも組み込まれていた。2泊3日って意味あるのか?って思ってたし、英会話の授業があったわけでもないのにみんな当然のように受け入れていて「みんな英語喋れんの?えっ喋れないのって私だけだったりするのでは!?」と思ったりもした。見所も球場に行くよシアトル・マリナーズのグッズがあるよスタバ1号店に行くよとか、正直まったく興味がなかった。野球もシアトル・マリナーズイチローも興味がなかったし、スタバ1号店だからどうしたという感じで、おまけにクラスの仲も良いわけではなかったから修学旅行としての楽しさは全く期待していなかった。だから、友達と海外に遊びに行くんだぐらいの感覚でそういう意味では本当に楽しみにしたんだ。けれど、この遊ぶことしか考えてなかった自分を猛烈に後悔する時が近く訪れることになるとは思いもしなかったんだ・・・。

 

私の高校生活はネラー、おぱんつ、AKOUと共にあった。いつも4人でいたし、当然修学旅行中も一緒に行動する予定でいた。そして運命の日である。この日は行動班とかホームステイのペア決めなんかをした。行動班は6人で組まないといけなかったので、この4人にクラスメイトの諸星きららと教祖を足して6人になった。教祖と諸星きららは2人組だったけど、いつも2人きりでいたわけじゃなくて他のオタクグループとも仲が良かったと思う。諸星は夢女なところがあって、よくオタクグループでキャッキャ騒いでいて私もよく絡まれた。関係ないけど、当時私が10番目くらいに好きだったDグレの神田のメル画を作ってくれたのも諸星だ。(チュッ)とか(耳元で)みたいなのを駆使するタイプの使い手で、私はそれがどうしようもなく恥ずかしくてそのメル画を保存することができなかった。今となって保存しなかったことをとても後悔しているし、結果はどうであれ私を喜ばせようと作ってくれたのは素直に嬉しかった。翌日教室で会った時の少し照れた諸星を思い出して、良い子だったなあと改めて思っている。そういう諸星とは正反対なのが教祖だった。オタクなわけではないけど、オタク会話も笑って参加できて先生にも気に入られる優等生キャラだった。諸星は声がでかいくせにキャッキャッとはしゃぐからクラスのヤンキー達に「うるせぇよ」(ふざけてじゃなくてガチのやつ)とか言われるのがしょっちゅうだったけど、一緒にいる教祖はそれに巻き込まれることもなく、むしろヤンキーとも普通に話していてうまくやっているようだった。大体は片方がそういうのだとセットで敬遠される気もするのだが、教祖はそんなこともなく独立した「教祖」という存在だった。私はその教祖が苦手だった。そもそも優等生が苦手なのだ。よく地味な子が優等生のようにされるけど、そういう子は自己主張が苦手で大人しく言うことを聞きがちだから優等生という札を貼られるだけで話してみると割とぶっとんでたりするものだ。でも、教祖のように自ら優等生になりにいくタイプは発言からも表情からも本音が見えなくて、私は教祖とのうまい接し方が分からなかった。生来の優等生ならまだしも、教祖のように自ら優等生になるタイプの人が先生だけでなく同級生に対しても「優等生」なのが理解できなかった。私にとって「優等生になる」ということは成績のためとか目的ありきのものであり、人類皆平等とか世界平和とかを唱えることではない。そういうことを唱えるのは生来の優等生だ。そういう点から見て教祖はちぐはぐだった。私には教祖は生来の優等生には見えなかったのだ。教祖はみんなが笑えるレベルの毒を吐くのがうまい。本音ではない。場を盛り上げるための方便だ。場を盛り上げるという目的がある以上、反対に盛り下げることもできる。そういうことが得意か苦手かは置いといて、手段として持っているという意味で私やその他大勢ときっと同じだ。しかし生来の優等生は違う。自分の発言を周りが毒と判断したとしても、本人は自分の正義に従って発言しているだけで毒を吐いている自覚なんてないのだ。場の空気を和ませるために毒を吐くことが手段にならないのが彼らだ。だから教祖は生来の優等生ではない。彼女は毒を吐こうという意識がある。それなのに平等とか世界平和とか言い出しそうな雰囲気が彼女にはあったのだ。実際にそういう信念があったのか分からないが、とにかく教祖の優等生気質は正直なんだか薄気味悪かった。

ただ6人になったところで、仲のいい3人はいるし諸星のことも好きだったから問題はなかった。6人もいるんだから私は「すごいね」「おいしいね」くらい言っておけば教祖とは場が保つと思っていたし今までもそうだったのだ。だからこの時はなんとなく「うえー」という気はしていたものの、それだけだった。行動班が決まった後、6人がだらだらととりあえず一箇所に集まったけど、既に4人と2人に分かれて雑談みたくなっている。ほらね、何も心配はない。既にこうなんだ。ホテルの部屋だってホームステイだってこの4人で2:2に分かれるんだって信じて疑わなかったし当然だと思っていた。というか当然だと思っていたから、それ以外の可能性を全く考えていなかったんだ。運命の刻が近づく。ホームステイのペアを決めようとグーを構えた。4人とも誰とペアになっても良かったから平和に公平にグーパーで決めるんだ。グーを構えたのは4人。空気が一瞬止まる。4人・・・ではない。

6人。

私の正面より左、ネラーの隣に教祖はいた。教祖は6人の手が繰り出されるであろう空間を半笑いで見つめている。

「あ…じゃあグーチョキパーね」

固まった空気を一瞬のうちにネラーがうまく流してくれた。私は考える。1/6の可能性。高くない。大丈夫。

「「「グーチョッパーで・・・」」」

嫌な予感がする。その予感は当たると思った。授業で絶対指されたくないのになぜか「絶対指される」と確信する時と同じだ。指されそうだなあではない。“絶対指される”。私のこういう嫌な予感はよく当たるんだー・・・。

 

そして運命の刻。一発で綺麗に手が出揃う。

視線の端にチョキが並ぶ。おぱんつとAKOUだ。ネラーを見る。固まった表情、からほっとした表情に変わる。手を取り合うネラーと諸星。「よろしくね」と教祖が私に笑う。一瞬の出来事だった。チャイムが鳴った。これは死のゴングだ。私は今絶望の淵にいる。「よろしくね」という言葉が耳にこびりついていた。私はそれにうまく返せたのか思い出せない。